1.青春の影




【恋する少女】

1993年9月、、
夏休みを終え、残暑の厳しいある日の朝。
薄い半そでの白いブラウスにチェックの膝上丈スカートの夏服に身を包んだ女子高生がトボトボと歩いていた。
悪と戦うシュシュトリアンのリーダー、山吹雪子だ。
リーダーといっても、シュシュトリアンは幼い三姉妹のグループで、雪子もまだ16歳の高校一年で、思春期真っ盛りの多感な時期である。
そう、淡い恋を抱く事も…。
「よっ、雪子。」
「あ、テツ君。おはよう!」
パア、と元気のない少女の顔が明るくなる。
雪子の隣のクラスの男子で、雪子とは小学校からの幼馴染である。
優等生の雪子と違い成績はあまり良くないが、明るく誰にも好かれる性格で、何より暖かみのある優しい男性なのだ。
そんな彼に、雪子は女性として魅かれ、淡い恋心を抱いている。
不仲な両親の三姉妹、シュシュトリアンの年長として威厳を保たなければならないストレス、そんな冷え切った心を暖めてくれるような男の子だ。
しっかり者でなくてはならない雪子も、彼の前では普通の女の子になれるのだ。
けど、告白はまだしていないし、されてもいない。
お互いどう思っているのか、とても気になるが、勇気を出して言えないのだ。
それに、雪子はそういう事は彼の方から言ってほしいという心を持っていたのだ。
相手がどう思っているのかも分からないのにだ。
悪と戦ってきた女戦士も、ここではうぶな少女になってしまう。
「今日でやっと定期テストだよなあ。4日間我慢すりゃ終わるんだ! ああ~、かったるかったぜ~♪」
等と呑気に欠伸をしている。
「何言ってんのよっ。ちゃんと頑張んないと、テツ君留年しちゃうわよ! 赤点なんて取んないでよねっ」
「んん~、まあ、大丈夫じゃね?」
「どっからそんな自信が出るのよっ? この前の中間テストの結果は、、」
「わああ~~、ごめんごめん! それ以上ここで言わないで!」
慌てて焦り顔の彼。
そんな感情豊かな所も好きなのだ。
内心愛しさを秘め、彼に厳しく注意する。
「もう、知らないからねっ、留年しても。」
「だ、大丈夫だって。今回はちゃんと頑張った、、と思うし。」
自信なさげに言う彼。
けど雪子は、彼が毎日図書室で勉強を頑張っていたのをよく知っている。
少女も真面目に勉強するため、良く図書室を利用している。
彼が閉館まできちんと勉強していたのを理解している。
けど彼は、その事をおくびにも出さず、明るくふるまう。
そんな大らかな所も好きなのだ。
(フフッ。今回は何だかんだ頑張ってきたんだもん、大丈夫よね?…多分。)
少し自信のない思いで心配の雪子だった。
一緒にいれる嬉しさと少しの緊張感を持って、一緒に登校する。
「なあ、最終日の放課後、暇? 最終日は1限で終わるし、帰りにちょっと寄っていかない?」
「え…?」
思いも寄らぬ彼からの誘いに、目を丸くする雪子であった。
二人は幼馴染とはいえ、よく遊んでいたのは小学校までで、中学に上がる前には恥ずかしさもあり疎遠になっていった。
そんな彼から誘われた事に、しばらくポカーンとしていた雪子であった。
「あ、、ごめん。やっぱ、ダメ、、だよな。」
少し残念そうな様子の彼。
「え? あ、、ううん。そ、そんな事無い、よっ/// いいわよ、行こうっ///」
と、ポカーンとしていた顔から花が咲くようにパアッと嬉しそうに微笑んで了承した雪子。
そんな少女の様子に嬉しくも気恥かしい彼だった。
彼も雪子の事は昔から気にかけていた。
とても清楚で、それでいて実は彼以上に感情豊かな彼女に、彼は今回思い切ってデートに誘ったのだ。
「よかったっ。あ、何だったら、今日でもいいぜ。今日行こうか?」
「何言ってんのっ、ダメよ! テスト終わるまでは勉強頑張らないとダメっ!」
厳しく注意する雪子に、彼は悪戯そうな笑みを浮かべ、
「あっはっは、冗談だよ、冗談に決まってるだろ。す~ぐむきになるんだからなあ、雪子は。」
そう言って雪子のほっぺたをプ二っと突く。
「な、何よっ。テツ君が言うと、冗談に聞こえないのよ。この落第生っ。」
ブウたれて彼に猫パンチ。
「なっ、、まだ落第してねえよっ、ボケ娘!」
少女の広いオデコにデコピンする。
「「フンッ」」
二人とも拗ねて顔を背ける。
「……お、おい。これじゃ小学校の頃と一緒だぜ///」
「……そ、そうよね。ごめん…///」
自分達の幼稚なケンカにすっかり恥ずかしくなった二人。
(そう言えば、昔もこうやってテツ君と何度もケンカしたっけ…。けど、あたしが泣くといっつも優しく慰めてくれたんだよね…。)
昔の愛しい思い出に表情を和らげた雪子に、彼も安心して、
「よしっ! じゃあ、終わったら迎えに行くよ。じゃあ、テスト頑張ろうな!」
「うんっ、頑張ってね!」
「え? いや、お前も…」
「あたしよりテツ君の方が頑張んないといけないじゃないっ」
「うっ……(当ってるだけに、言い返せないのが悔しいな…。)」
念を押して意地悪く忠告されると、彼はスゴスゴと校舎に入っていった。
「クスクス…一緒に頑張ろうねっ。」
そう、彼に聞こえないよう小さく囁く雪子だった。
そして、少女は少し顔を曇らせて、不安げに胸の前に手を当て、
(テツ君に、あの事…相談しようかな?)
運命の?定期テストの学校に入る。



【狙われた少女】
定期テストも大半が終わり、残るは明日の1教科だけになっていた。
明日は得意科目だから、少し余裕気味の雪子は、切れた食材の買い出しに歩いていた。
最近はすっかり陽が落ちるのが早くなる。
末っ子の花子の注文も聞かされ、買い物が遅くなり、夜になっていた。
「もお、花子ったら我儘なんだからっ。早く帰らないと、、明日もテストだってのに…。」
真面目な性格である。
しかしその時…。
ヒタ、、ヒタ、、ヒタ、、
「っ……」
何かが後ろからそっとつけている気配。
その気配を感じ取った雪子は、思わず肩をそびえさせる。
振り返る、、しかし誰もいない。
足音も止んだ。
しかし、再び歩き出すと、また気配と共に足音がする。
これの繰り返し…。
再び足音が聞こえ、少女が止まる。
すると足音も止む。
少女は不安と恐怖に耐え、振り返った。
「誰っ!? 出てきなさいよ!」
しかし、誰の気配も感じない。
けど、少女は気配のあった方へ向かう気にはなれなかった。
何とも言えない不安感が、少女を竦ませていた。
堪らず雪子は、全速で走って家へ逃げた。
「はあっ、、はあっ、、」
重い荷物を持って走ったため、すっかり疲れてしまった。
けどおかげで、ストーカーを撒いたみたいだ。
とりあえず安心した少女は、家に入る。
だが、家のそばの物陰から、一人の大きな影が出てきた事を雪子は知らない…。

家に入り、何事も無かったかのように明るく振舞う雪子。
我儘を言った花子を窘めたのは言うまでもない…。
しかし心の中は不安でいっぱいだった。
実は、夏休み前から雪子はストーカーに遭っていた。
学校帰りの暗い時間帯に、ほぼ毎日誰かにつけられているのだ。
警察か学校に相談しようと思ったが、当時はストーカーに対して厳重な対策を立てていない時代であり、しっかり者の雪子も薄々そんな現状に気付いており、相談できなかった。
それに、夏休みに入ったら被害はピタリとやんだのだ。
その時は自分の事を諦めてくれたのだと思い、安心していたが、たまに夜遅くに家路を歩いていると、やはりストーカーにつけられる気配を感じたのだ。
夕方以降に狙われる事に気付いた少女は、なるべく夜の外出を控えた。
夏休みは支障ないが、学校が始まるとそうはいかない。
それにこの時期は夜になる時間も早くなっていく。
少女は再び、毎日ストーカーの被害に遭う事になる。
両親に相談しようと思ったが、現在両親は離婚寸前の危機で、とても相談できる状況ではなく、雪子は打ち明ける事ができなかった。
この時、少女は判断ミスを犯した。
そして、怖がっているとはいえ、まだストーカーの事を軽んじていた。
夏休みに入って被害が一旦ストップしたために、またつけられるだけで何もされていない為に、軽んじたのだろう。
だが、実際にはストーカーはもっと狡猾に少女を追い詰めていた。
少女のプロフィールや行動パターン、町の様子を詳しく調べ上げられている事に、、
家の事情で少女が誰にも相談できない事を、、
ストーカーは理解して狙っていたのだ。
そして、少女が想いを寄せる彼に相談する可能性がある事も、ストーカーは気付いていた。
それをきっかけに、新たな動きを見せるストーカー。
雪子の彼の家へと向かうのだった。



【花も恥じらう少女】

テスト最終日、少女は寝坊をしてしまった。
ストーカーの不安でなかなか寝付けなかったというのもあるが、彼とのデートの緊張という事もあった。
遅刻するわけにはいかない為、朝食は抜いて行った。
キーンコーンカーンコーン、、、
やっとテストが終わった。
(お腹空いたな。。)
いつも早起きで朝食を抜いた事が無いため、お腹が空いていた。
いつもの友達が声を掛ける。
「ゆ~きこっ。一緒に帰ろう! △□屋のパフェ食べに行こうよっ」
「あ、、ごめん。今日はその、、約束があって…。」
彼とのデートを思い浮かべ恥ずかしくなり、しどろもどろになる雪子。
「ん~? あっ、分かった! デートでしょっ?」
「ちっ、、違うわよ! そんなんじゃないのっ///」
一発でばれた驚きに慌てて否定する雪子だが、そんな態度がさらに疑われる。
「ホントかなあ~、あやしいなあ~。」
「ね~、だって雪子、顔真っ赤だもんっ」
「あー、ホントだ! 可愛い~っ!」
「な、、なっ…!?//////」
完全にバレている友人たちに、呆気にとられる雪子。
「まさか真面目な優等生の雪子が、デートとはねえ。」
「ち、違うってのにっ!/// 委員会の仕事が残ってるだけだって!///」
「あ、そういや、今日当番だったわよね。」
一人がそう納得すると、「な~んだあ」と、とても残念そうにする友人達。
何とかごまかせた。
「はいもう、そういう訳だから、先に帰っててっ」
せっかくのおいしいネタを潰されてガッカリする友人達は、すごすごと帰っていった。
「…危なかったあ// 何でばれちゃうんだろ…。」
態度がモロバレである。
とにかく、安心して席に着く雪子。
彼を待つ。
委員会の当番があったのは本当だが、今日のデートのために、別の日に替えてもらったのだ。
(デートかあ、、そういえば彼と一緒、て久しぶりよね…)
中学以降疎遠になってからは、彼と一緒に登下校するのも、月に1,2度あるか程度だ。
けど、雪子は彼の事を小学校から好いており、成長するにつれ新たな魅力を出す彼に、恋心を秘めていたのだ。
去年のバレンタインは義理チョコと称して彼にそっけなくあげたが、実は本命で、一生懸命作った手作りチョコだった。
けど、彼はホワイトデーにちゃんとプレゼントをくれたのだ。
まさか期待してなかった少女は、内心感激していた。
甘酸っぱい思い出に胸を膨らませていた少女は、彼が来るのに気付かなかった。
「わっ!!」
「ビクゥッ きゃあああっ!!!」
耳元で脅かされ、思わず悲鳴を上げてしまった。
「うわわっ!」
彼もかなりビックリしていた。
少女は彼と気付き、呆然としていたが、気を取り戻し、
「お、、脅かさないでよぉ!」
まだ心臓がバクバクいっていた。
「驚いたのはこっちだよっ!」
彼も言い返した。
その時、悲鳴を聞き付けて先生や生徒が来た。
「な、、何だ何だ!?」
「痴漢にでもあったかっ?」
二人はおろおろしていた。
「あ……///」
特に雪子は、頭の中が真っ白で、どうしたらいいか分からなかった。
何とか彼が事情を説明してくれた。
「あ、、何でもないんですよ。こいつがボーっとしてっから、脅かしてやったら、本気で驚いて叫び声上げて…。こっちがビックリしたよっ」
最後に文句を吐く彼に、雪子はむっとして、
「な、、何よっ/// あんたが脅かすからいけないんでしょっ。後ろからいきなり大声で驚かされたら、悲鳴の一つも上げたくなるわよっ!」
痴話喧嘩を始める二人に、生徒達は呆れて出ていった。
最後残った先生は呆れながらも、ギャイギャイ喧嘩する二人に注意した。
「お前ら、周りに迷惑かけないようにしろよ!」
「ぐっ…、は、はい。」
「すみませんでした…。」
しょげてしまう二人。
少し沈黙が続いたが、彼の一言ですぐに破れた。
「あ…、さっきから呼んでんの、気付かなかっただろ? 何考えてたんだ?」
「……///」
少女は気恥かしそうに俯く。
彼との思い出を思い浮かべていた、なんて恥ずかしくて言えない。
?な彼に、雪子は慌てて鞄を胸に抱き、立ち上がる。
「な、、何でもないよ/// 早くいこっ///」
「お、、おう///」
彼は相変わらず不思議そうに少女を見つめる。
彼は小柄な雪子より頭一つ分大きく、彼女のつむじもよく見えた。
その時、彼は気付き、彼女の肩を掴んで立ち止まらせた。
「きゃっ!? な、何すんのよっ///」
慌てて彼をキッと睨むと、彼は思慮深そうな目で、少女の頭を見つめた。
「へ……な、に?」
その様子に気付いた少女が、不思議そうに彼に問う。
「お前、、これ…」
彼は少女の黒髪にかかる髪飾りに触れた。
「あ……///」
やっと彼の疑問に気付いた少女は、またも恥ずかしそうに俯く。
少女がつけていた淡いピンクの桜の髪飾り、、
これは、彼がホワイトデーに少女にプレゼントしたものだったのだ。
当時彼女はきれいな髪飾りを失くしたばかりで、そこで彼はプレゼントしたのだ。
正直、以前彼女が持っていたきれいな髪飾りに比べれば質素できれいでないものだったので、彼女が次の髪飾りを買うまでは…というくらいのつもりであげたのだ。
けど、半年たった今も、少女は大切に使っていたのだ。
「ずっと、、使ってたんだ…?///」
「うん…毎日、、つけてたの…///」
けど、汚れもなくピカピカで、大切に使っていたのが分かる。
「ど、どう? …似合う?///」
「い、、いや…俺は…///」
「やっぱ、似合わない、よね…///」
「そ、そうは言ってないだろっ。お、、俺は、、可愛いと…//////」
そこで言葉が途切れてしまった彼。
けど、可愛いと言ってくれて、少女はとても胸がキュンとした。
沈黙、、二人の間に甘い雰囲気が流れる。
彼が少女にそっと寄る。
少女が切なげに頬を染め、彼を見上げる。
彼も、間近で彼女を見下ろしていた。
彼の指が少女の顎を摘み、唇を撫でる。
自然と少女も目を瞑り、顔を寄せる。
そのまま、彼は少女の唇に口を寄せる…。
しかしその時、
「終わった終わったあ! 早く帰ろうぜえ~!」
ビクウッ!!
二人は慌てて離れた。
隣のクラスだろうか、男子生徒たちが賑やかな声で歩いている。
「「っ……//////」」
二人は間抜けな顔で固まってしまった。
「…あ~、いこっか?///」
「そ、、そうね…///」
「「ハハ…///」」
曖昧な笑顔な二人。
どこか残念そうな雰囲気のまま、二人は教室を出た。



【純情無垢な少女】

暑い中、二人は帰路を歩いていた。
実は雪子は疲れていた。
定期テストは終わったが、できがよくなかった。
元々優等生の雪子だが、今年高校に入ってからは、やはり中学の頃とは段違いの難易度のテストに、闘いとの両立が難しくなってきたのだ。
(闘っているとこうなるのはわかってたけど……)
それに、ストーカーの件もあり、雪子はテスト勉強にあまり集中できなかった。
今日、彼にストーカーの件を相談しようと思ったが、先程の甘酸っぱい件でそんな悩みが吹っ飛び、かわりに嬉しさが心を包んだ。
彼も自分の事を好いてくれていた事が分かったからだ。
けど、嬉しさとは裏腹に、少女は彼に話しかける事も顔を見る事も出来ない。
今まで思いを寄せていた彼からの、未遂とはいえキス体験で、少女はどうしても意識してしまい、恥ずかしいのだ。
けど、彼はそれを分かってか、ひときわ明るい雰囲気で少女に話しかけた。
「よおーっし! じゃあ、駅前の新しくできたアイス屋に行こうか!」
「…あ、うんっ。あたし、あそこのソフトクリーム、食べてみたかったんだっ」
「おお、良かったあ! んじゃ、行こうぜっ!」
緊張からか少女はまだドギマギしている。
彼もそれを察して、わざわざ明るい態度で接する。
緊張感はまるで見られない。
(やっぱり大っきい人だなあ…)
そう少女は実感した。
彼は勉強こそできないが、知恵や頭の回転は雪子以上に早く、いざという時には少女を引っ張っていった。
頼りないけど、どこか頼りになる、暖かく大きな存在だった。
両親の不仲で常に姉妹の長として威厳を保たなければいけなかったが、元々彼女は三姉妹の中では一番女の子らしい繊細な心の持ち主なのだ。
家の中の自分の立場と本来の自分とのギャップに、少女は不満と不安でいっぱいだった。
けど、彼の前では本当の自分でいられる。
何故なら、彼とは出会った時からずっと本来の自分のまま接してきたからだ。
今も、少女の家庭が複雑な関係という事を知った上で、昔の通り付き合ってくれている。
少女には彼の存在がとても大きかった。
だからこそ、シュシュトリアンとして命がけで戦っている事は、言えなかった…。
けど、ストーカーの事はやはり話しておきたい。
誰かに打ち明けたかったのだ。
……
「…そっか、それは大変だったな。」
「うん…。」
ソフトクリームを舐りながら、少女は真剣に話した。
彼は親身になって聞いてくれた。
「ねえ、どうすればいいかな? お父さん達には、心配掛けたくないし…。」
「…俺がついてるよ。」
「え?」
「夕方以降、お前が帰宅する時は、俺が一緒に帰ってやる。」
「ほ、本当に? けど…」
やっぱり迷惑を掛ける事には抵抗があった雪子。
「おいおい、俺に迷惑なんて事、考えるなよ。俺って、そんなに頼りないか?」
そんなわけはない…。
いざという時には、彼は身を張って少女を守ってきた。
泣き虫だった子供時代、彼はいつも自分を庇ってくれた。
「ううん、、そんな事無い。」
「だろっ、じゃあ決まりだな。」
複雑そうな顔の少女だったが、彼は少女の持っていたソフトを奪った。
「あっ」
「お前、食べるの遅いな。俺食い終わっちまったよ。」
「ちょっと、返してよ!」
彼は少女の食べかけのソフトを一かじりして、少女に返した。
「ん」
「え…?///」
少女はドキッとした。
彼は自分のソフトを食べた。
(間接キス…よね…?///)
少女はドキドキしながら、恐る恐るソフトを食べた。
また、間接キス…。
少女の顔が真っ赤になっていた。
「ハハッ、真っ赤っかだぞ!」
そう言って少女の髪をクシャッと撫でる。
「も、、もうっ///」
むきになって彼を見上げるが、彼もどことなく顔を赤く染めていた。
そんな様子に、少女はクスッと笑った。
……
ソフトを食べ終わり、お昼を食べていこうか、と彼が誘ってくれた。
少女の家には昨日の夕飯の残りがあったが、少女は彼と一緒にいたかった為、喜んで了承した。
しかしその時、彼の携帯電話が鳴った。
{実際のTVでは年代的に持ってなかったと思うが}
「もしもし…。お袋? どうした?」
お母さんからの電話のようだ。
彼の家は雑貨屋で、彼も時々店を手伝っていたのを覚えている。
すると、彼の顔が険しくなった。
「何だって!? 店の裏の倉庫の商品が荒らされて…?」
「えっ!?」
少女もビックリした。
今まで近所で空き巣などの被害にあった事は無かったし。
「ああ、、ああ、、わ、分かった。とにかく落ち着けって。すぐに帰るからさ…」
そう言って電話を切った。
彼は気まずそうに少女に向き直り、
「あ、雪子、、悪いんだけどさ、」
「あたしの事はいいから、早くおばさんの側に行ってあげて!」
少女はすぐにそう言った。
彼とのデートが打ち切られるのは残念だが、やはり彼の大事な母親の事の方が心配だ。
心優しい少女は、そう彼に言った。
「わ、、わりいなっ! じゃあっ」
急いで家に向かい走る彼。
「夜に一人で出歩くんじゃないぞー!」
ちゃんと、少女の事も心配していた。
少女にはそれだけで充分嬉しかった。
今日の二人はこれで別れた。
グゥ~
こんな時に腹の虫が鳴って、不謹慎だな、と思った。
「よかったぁ、テツ君の前で鳴らなくて…。」
切実な感想だった。
家に帰って昨日の残りでも食べよう、と思った雪子だった。
(それにしても、一体誰が空き巣なんて酷い事…)
それが少女を付け狙うストーカーの仕業などと、夢にも思わない雪子だった。